日々是暇

書く、読む

最近、思いの丈はこのブログ内に綴っているので、SNSや手紙(まだハガキという形で手書きは続けているけど、以前のようにB52枚みたいな分量は久しくやっていない)をしばらくさぼっていた。

そうしたら熊本のゲストハウスのオーナーが「最近インスタあげてないよね」と。

「あの文章好きだったのに」

笑いながら言っていたけど、本心から言ってくれているであろうことは伝わってきた。周りの同席者も(恐らく)本心で頷いてくれていて、「また定期的に書こうかな」と思い直した。

手紙にしてもそう。下関の梓書店に立ち寄った際に、オーナーが引き出しの一番上からおもむろに取り出した小さい写真のアルバム。何かと思ったら、僕が過去に渡した写真と手紙をファイリングしてくれていた。とてつもないありがたさと同時に、最近出せていなかった申し訳なさを感じた。

届けたいと思っている人に、言葉はちゃんと届いていた。僕が思い描いていた「共有」は実現していた。それを実感できたのが嬉しい旅だった。

P.S.とは言え各チャンネルの並走というのはなかなかに時間のかかることなので、旅行中にどう組み込むかが課題になってくる。

・体験としての「読む」(ここには登山や散策、食事も入る)

・共有のための「書く」

・旅先で文字通り本を「読む」

僕の優先順位としては上から順番と思っているものの、今回は旅先での「本の読書」を楽しもうとした結果、「書く」の時間が失われた。

かと言って全部やることによって旅(引いては生活)から「余白」が消えてしまうのは本末転倒なので、このトレードオフをどう折り合いつけていかが今後の課題だ。

ーーーまぁ、こんなこと考えてみているけど、まずは本当に「嬉しい」で、「ありがとう」です。

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