日々是暇

事象が先か、感情が先か

昨日、閑散とした豊島園の温泉施設で、大阪から来京していた友人とゆっくりくつろいでいた。最近の近況の交換の中で、僕は最近のニュースから感じていた「右も左も聞く耳あまりないよね」という話をした。露天風呂で。

全国一斉休校にしても、一方では「いきなり言われても困る」「生活を全く考えていない」と文句を言い、一方では「命を守るためには仕方がない」と擁護する。まぁ、仮に何もせずに死者が出たら一方は「なんで休校にしなかったんだ」と武器を変えたとは思うけど。

僕はどちらの主張にも、それぞれ真実があると思っている。それぞれの見方が違うだけで、文句を感じるのはそのズレと、程度に対してだと思う。それがフェアだと思う。

でも最近はどちらも、片方がなんか言ったら「これだからパヨクは」「これだから反日は」と、とりあえず怒鳴り声を上げている気がする。特にネットのコメント欄ではそう感じる。このうちの何人が、相手の主張をしっかり読んだんだろうか疑問に思う。どちらも自分の主張を信じて疑わない。

友人が「鶏が先か、卵が先か」を引き合いに出していたけど、まさにそうだなと。「憎みたい」という感情が先にあって、それを裏付ける(都合の良い)情報を探しているのか、それとも実際に相手から身内にでも何かされたのか……どうも前者が多いような気がして。そこから先はエコーチェンバーで過激思想になっていってしまっているような。

例えば韓国のコロナ感染者数が急増(2020.3.1時点で3000人超)している件について、まず「そらみたことか」という罵声が飛ぶ。「感染対策がなってなかったからだ」と。ただ、その一因には日本との圧倒的な検査数の差(日本の10倍)があり、まず膿を出しきろうとする迅速な対応を日本も見習わなければならないという反論が出る。それに対して「むやみに検査するから院内感染が広がってしまうんだ」と———

果たしてこの人たちは冷静なのかなと。どちらかが「嫌い」という感情から、難癖つけるための情報を探していないかと。「安倍憎し」「韓国憎し」から始まる情報収集はバランスに欠ける。というか、よくここまで怒れるなと。

自分の思想含めて、全ての情報に一度、疑問を持てるくらいの心のゆとりが欲しいし、少なくとも政治家でない自分は持っていたいなと思う。

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