日々是暇

「0円生活」に見る都会の価値観

実家のテレビで、久しぶりに民放を観た。そこでは、30代の男性が家族4人で自給自足の生活を営む様子が映されていた。

山で獲れたイノシシをミンチにしてソーセージを作ったり、庭の畑でとれた野菜とそこら辺で生えているハーブで料理を作ったり……とても豊かな人生だなと感心して楽しんでいた。

ただ、そこに添えられるテロップがことごとく、

「こちらの夕飯、実質0円!」

「0円生活!」

など、とにかく「無料(タダ)」であることにフォーカスをあてているのに、違和感をもった。

この方は、こういう紹介のされ方を本意に思うだろうかと。

この生活は、この方がどういう生活が自分にとって豊かであるかを考え、実践して生まれたものだろう。その結果が自給自足の生活であって、「食事が0円」というのは、その中の小さな小さな副産物に過ぎない(もちろん、本当は「金を使わずに生きたい!」という強い意志から生まれた可能性もなくはないが)。

この方の生活で大事なのは「質」引いては「情緒」であって、「経済」ではない……が、「情緒」だけで語っても大多数の都会の視聴者には届かないから、「0円」をこれでもかと強調したのだろう。

それが都会の興味であり資本主義の価値観であり、僕たちの不幸の種でもあるのかもしれない。

メニュー

閉じる