日々是暇

旅は距離ではなく時間

宝篋山からの筑波山

茨城をふらふらしながら考える。東京から100km足らず、1時間弱で到着できるこの地は、若いころは旅先としてあがってこなかった。

でも、当然のことながら、見たことのない景色で埋め尽くされている。東京から離れていなかろうが、見たことのない景色を見て初めての気持ちになったのなら、それは十分旅じゃないか。

「旅は距離ではない」という考えはずっと持っていて繰り返し書いていると思うのだけど、では改めて何かと考えてみたら、「時間」なのだろうと。

結局のところ旅の目的は、人それぞれとは言え、行きつくところ「知らない気持ちに出会う」という点じゃないだろうか(その「知らない気持ち」に出会いやすいのが「知らない場所」であって、自然、遠出ということになりがちなのでしょう)。

でも、「知らない気持ち」になるには遠くへ行く必要はない。「知らない気持ち」は「初めての事象」で得られるので、「旅」とは「いつもと違う時間」で成立するのだろう。

よってスピードも関係ない。東京から飛行機で知らない町へ行くのも、同じ時間自宅から知らない方向へ歩いてみるのも、初めての景色を見ているという点においては共通でどちらも等しく旅だ(というか、速度が遅い方が多くの景色のカットが目に入ってくるので、最も理想的な移動方法は徒歩だと思っている)。

人によっては一歩も動かずにも旅は可能だ。新しく聴く音楽、読んだことのない物語で、人は想像上の旅が出来る。南米のウユニ塩湖を歩いている人も、その物語を自宅で本で読んでいる人も、同じ旅の時間を過ごしている。

旅は足ではなく心でするのだろう。

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