日々是暇

出社における自由とは

先日も書いたが、1週間全日出社している。

そもそも何故そうしようと思ったかというと、社内の企画(?)で「火曜日の全員出社をランダムにしてみよう」というのがあった。偶発的な出社をすることで、現在のルール、引いては出社の意義を見直してみようということだ。

ルールは「何曜日でも良いから今週1日任意に出社する」

であれば、上限が決められていないから何度でも出社できるわけだ――と、誰も考えつく必要のないことを考えて、実行してみた。

これの大きな狙いはこれも先日書いた通りだけど、デジタル・デトックスだった。毎日出勤するのであれば、PCは会社に置きっぱなしで良い。家にPCの無い環境を作って、読書や日記を書く時間にしようと。(どうしてもネットを使いたいときはiPhoneやiPadで。それでも無駄に色々出来てしまうPCよりは制約があるため、ネットに接続する時間は自然に減らせた。)

もう一つは運動不足の解消。家から駅、駅から会社、その往復の合計で6kmの距離がある。もちろん在宅でも「運動しよう」と思えばできるけど、逆に言えば「運動しよう」と思わなければいけない。そして、この残暑の厳しさがその意志を挫く……

ならばサボれないように出勤の必要性を作ることで、毎日6kmの歩行という運動時間を作り上げられた。めちゃくちゃ暑かろうが、20分だけでも太陽の下を歩くだけで「生物として生きているな」と思える。加えて前述の通り重いPCを背負わなくて良いので、歩行がいつもより軽やかで楽しい。

さて、今まで週1日の出勤で良かったものを全日出社にしたわけで、コロナ以前の仕事の仕方を再現しているわけだ。「毎日出勤しんどい」と思っていたあの時期の再現――

あの頃と同じく「しんどい」と思うことも想像していたが、全く違った。逆に僕は今、ものすごい「自由」を感じている。

「全日出社」というルール内での「全日出社」は苦痛だった。しかし今のルールは「火曜日だけ全員出社(今週は「最低1日出社」)」。ルールを守る範囲以外には、ルールに縛られない自由が与えられている。そういう「選択権」が僕にある。

誰もいない社内から自転車で飛び出して、ちょっと遠くのグルメを探しに行ったり、先日のようにちょっとギャラリーをのぞいてみたり。

「会社に行かなくても良い」というのが自由なのではない。「どちらも選べる」というのが自由だ。

自由というのは「選択肢がある」ということだ。

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