日々是暇

「わたくしがYES」とTokyo Pride 2025

「わたくしがYES」を読みながら、Tokyo Prideに参加した。性的マイノリティのエッセイを読みながら、性的マイノリティのイベントを眺めて、色々なことを思う。

僕には特に政治的なイデオロギーは無い。

ただ、世界の幸せの総量が増えるのは、単純に良いことだと思う。この本の筆者や、ここに集う人たちの何人かが幸せになるのは、単純に素晴らしいと思う。

そういう子どもレベルのきもちが、時にたいせつなんじゃないか。

幸せはゼロサムでは無いと思うから。

同じく政治的なイデオロギーが無いので、僕は特定の政治家を「悪人」と名指しすることはしない。気に食わない政策があっても彼らが幸せにしたかった人と、僕とでは優先順位が違ったんだろうと。

そういうゆるい姿勢だから、たまにそういう文章に出会うと筆者の思想を叩きつけられた気分で「うっ」となってしまう。

だから本作の筆者が名前まで出さずとも分かる人物を酷評したときにはドキッとしてしまったのだが、これは戦いの中で生きてきた人の、常在戦場の景色なのだろう。世界がちょっと自分と逆の方向に動いてしまっただけで、生存を脅かされるような、そういう覚束ない足場を必死に守ってきた……その背景を想像すれば、政治への怒りは当然なのかもしれない。

静かに燃える青い炎みたいな熱いエッセイと、赤く燃えるハッピーなイベントの対比が面白かったのだが、忘れちゃいけないのはどちらも「炎」であり背景は「戦い」なのだ。

 

P.S.ハッピーなイベントの片隅に、女装(その方からすれば正装)をした中高年くらいの方が、つまらなそうに腰掛けていた。当然LGBTQの方々の間でも空気感は様々で、インクルージョンにも順番が発生してしまうのは仕方がないことか……

イベントの参加から2週間以上経つが、未だに思い出すのはこのシーンだ。

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