さて、以前言っていた「フィルムカメラ(インスタントカメラ)で写真を撮って、一日一枚を現像してアルバム化する」という企画。
その後どうなったかと言うと、半分は続いている。
「半分」というのは、「一日一枚の現像」は続いているけど「フィルムカメラ(インスタントカメラ)」の方は止めてしまったということ。
なぜかというと、なかなか「フィルムカメラを持ち歩く」という習慣が定着しなかったから。散歩に持ち歩き忘れてしまい、「あ、この景色…」と思ったときに撮ることが出来ないというシーンが続いてしまった。結局のところ、現代社会における僕が肌身離さず持ち歩いているのはダントツでスマホだ。
そして「スマホで撮った画像は現像しない」「フィルムカメラで現像を強制する」というデメリット&メリットも、「(スマホでも)一日撮ったうちの一枚を現像する」というルールを作れば特に問題ないことが分かった。それよりも「持ち歩き忘れてその一日の大切な瞬間を撮ることが出来ない」という方が、この企画の根本において取り返しのつかない事態だなと。
(あとこれは些細ですが、インスタントカメラで撮ると日付を載せられないことも、その一日を直感的に思い出したい自分の期待とはちょっと外れるな~と)
何よりも「情報・触る・デザイン」の記事でも気づいた自分の「愛の範囲」。もう一度書くと僕は「物質は愛せるが情報は愛せない」。
逆に言えば、スマホだとしても「画像(情報)」を現像して「写真(物質)」にしてしまえば、それはもう僕が愛することのできるものになる。
この企画で一番大事なのは、「その日一日を愛せる形で残すこと」。これの前提で絶対条件として「その日一日を撮る」があるわけですが、それにはカメラでもスマホでもデバイスは関係ないなと。
そういうわけで、「機材をスマホに替えた」という途中報告でした。
P.S.あと、一日の最後に近くのコンビニに写真を一枚現像しに行く、というのが良い。
今日が分かるシーンを実物として手に取る、それをアルバムにしまうことで、「今日も一日、きちんと生きることができた」という感慨が生まれる。
これを無事に繰り返せる毎日が「幸せ」なのだと思う。