
最近社内セミナーというか、意識改革的なミーティングで、「コンフォートゾーンからの脱却」というのを基底とした事業成長のための話し合いをしている。
まぁ、これに水を差すつもりは全く無いのです。今から書くのはここでだから書くクソリプと考えてもらって良いですが、僕……というより人類……というより生物にとって最も幸せな状態は、
「各々が各々のコンフォートゾーンで寿命を全うすること」
ではないかと思ってしまうのです。
なんで人間だけこんなに生存条件に「変化・成長」を求められるのか。
よく「生き残るものは環境に適応したものだけ」とダーウィンの進化論が引用されるけど、進化論における変化は数万年、最低でも数千年レベルでの話で、人間だけが「10年先」「1年先」「1ヶ月先」への成長を求められている。(というか、進化の中で滅んでしまった、その理屈で言う「敗者」に当たる種も何万年以上は続いたわけで、果たしてそれは敗者と言えるのか…?)
「資本主義」という社会前提の上に生まれて生きている以上、今のところ抗うつもりは全くない。これに勝負を挑むには自給自足の生活を自ら起こす必要があるが、自分にそのスキルが全く無いことは理解している。
ただふとしたときに、こうした経済主体の構造を思い、ちょっとした虚しさを感じてしまうのを止められない。
「AIに支配される」恐怖以前に、僕たちはすでに自分たちが作り上げた「経済」という制御不能の巨大機構に振り回されてしまっている。ついていけなくなった人は自信を失い、精神を病んでしまったりする。これは「ヒト」という種にとって最適な状態なのか…?
まぁ、僕個人としてはその経済にあやかる立場ではいるし(「今のところ」「辛うじていられている」という状態かもしれない)、共産主義を是とはしないので、出来る限り頑張る所存ではいます。
が、その「出来る限り」の線引きを、自分で調整する必要はあるかもしれないとは思っている。「自分の幸せ」という目標と「資本主義」というルールの、ちょうど良いバランスをとって生きていきたい。