当たり前だけど、色んな性格、色んな思考の人がいる。
「読書」という動名詞についてもそう。
つい先日、読書好き(というか図書館司書という職業人)である友人と深夜まで語り合ったときのこと。
その友人も僕も、本を読むのは好きだけど、「ハウツー本」「ビジネス書」といったジャンルは全然読まない。
そして、社内の人が「読書をしている」という前置きからこういった種類のタイトルを話し始めたときに、僕はぼんやりと違和感を感じていた。
それをその友人に話したら「分かるわ~」と。
「食事」の話してるところにサプリメントの話もってくる感じだよね。
本当に、秀逸な例えだと思った。色んなボキャブラリーの中からこれを組み立てられる辺りにも、友人の言葉好きが溢れている。
ただこれも「ああ~」となるのは僕と友人が「読書」にほぼ同じスタンスでいるからであって、納得できない人もいると思う。「書」を「読む」ということに変わりはないから、「読書」という意味では間違いない。
じゃあ自分の中で「ハウツー本」を読むことは何なんだと訊かれたら、それは「勉強」じゃないかなと。
個人的に、あくまで「読書」は「娯楽」であって、言葉や知的好奇心を「楽しむ」もの。その先に実生活に結び付くものがあったらラッキーくらいの。
最初から実益を求めて向き合う本は、ただの「教材」で、それを読むのは「勉強」というのが僕の情緒的な読書の定義。