日々是暇

人生のサブスク化・存在場所の自覚

なんか君への手紙はここから書くことが多いように感じる(笑)
旅先からの直感じゃなくて、ゆっくりと思考の時間をとれたとき、それがある程度まとまったタイミングというか。

ここ1週間考えていたこと、「人生をサブスク化してみる」。

上の考えに思い当たったのは先週1週間新潟の柏崎でワーケーション(未だにこの言葉は好きになれない)して、帰ってきて出社したとき―――地下道から新宿の地上に出たとき、

「おお、東京だ。」

って思って。東京にいることを新鮮に感じたんだよね。少しワクワクもした。

「何でも出来る。何でも揃う。ここは東京」

人生においてこの感情がどれほど重要かは分からないけど、少なくとも僕の琴線には触れたというか。

「自分が今、どこにどう生きているか」を自然に感じさせてくれるこのライフスタイルは、自分にマッチしているし、心が若くいられる気がしたんだよね。

2万円で1ヶ月中に1週間、別の町で暮らすサブスクを改めて考えたときに、家賃もサブスクみたいなものだよなと(安いのでなおさらそう思えた)。

「1ヶ月東京に帰る場所を与えるサブスク」

そう捉え直してみると、少し、また可能性が広がった気がした。具体的にはまとまってないんだけど、人生のあらゆる要素の中に、流動化(サブスク化)できるものはあるんじゃないかと。もっと荷物は軽くできるんじゃないかと。

その一方で、「自分の好きな言葉の図書館をつくる」という相反する夢も依然としてあるわけで……今後はこの夢のバランスをどうしようか考えていこうかな。

もう少し別な書きたいことがあったんだけど、雨雲が近づいてきてるようなのでこの辺りで、寒くなってきたけど体調を崩さないよう!

八王子のスタバにて
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