

雨はいよいよ強くなって、視界も悪くなってきたので、富良野のGOSHというカフェで、カフェオレを飲みながら雨宿り。
家から持ってきた本を読む。「時間とテクノロジー」という本。
まだ最初の2章までしか読んでないけど、ここでの「過去」に対する筆者の考察が、結構頷ける表現だったので粗く引用。
デジタルに置いて、過去はもはや色褪せるものではない。
(そのくせ)過去は忘却できない、融通の利かないものになった。
過去はデジタルコラージュの寄せ集めになっている。
どうだろう、思い当たらないでしょうか。
色褪せないものになった結果、「郷愁」という感情も消えていくんじゃないかとまで考察されている。さもありなん、と。
筆者は別に良い悪いの話をしていない。ただ、現状こうなって、将来こうなるであろうことを述べているだけ。
ただ、自分としては、それでは少し「人間」が色褪せてしまう気がしている。
そういうことにつけても、自画自賛じゃないけど「手紙」「現像した写真」というのは、そういう現状に対してのささやかな抵抗になっているというか。
どちらも実物(紙)である以上、経年劣化は免れない。鉛筆で書いた文字も、擦れたりすれば薄くなっていくでしょう。
そうして未来に、色褪せた手紙を振り返れば、これは確実に「過去のもの」になるだろうと。その未来まで、持っていてくれる人がいれば、だけど……

北海道の富良野で2時間近くも雨宿りする贅沢。雨、弱くなってきた。