麻耶雄嵩さんの作品。いわゆるクローズドサークル「嵐の山荘もの」。

ファイアフライ館に合宿にきた6人の学生。この館が曰く付きで、その昔ここで7人もの被害が出た殺人事件の舞台だった……もうこれだけで怖がりの僕としては悶絶もののシチュエーション。

ここで起きる不可解な現象。知らない女の存在が浮かび上がったり、不気味なアイテムや仕掛けが施された館……謎が気になってどんどん進みたいけど、怖がりが一人暮らしで読むにはちょっとしんどい(毎回こうなってるが)。

ただ、案外ここで連続殺人までいかなかったのが個人的に救いというか。目に見える形で起きた殺人事件は2つだけ。しかも後の1つは終盤になし崩し的に起きたものなので、ほとんどのフーダニット、ハウダニットの議論は1人目の佐世保さんの遺体について展開される。

で、言ってしまうとこれは「叙述トリック」作品。普通に疑問を挟まずに読むと諫早視点で進んでいると思ってしまうが、ちょっとでも推理小説を読んだことがある人なら、第一人称の視点がいったい誰なのか、違和感を感じるはずだ。僕もこの視点の主が事件にひと噛みしているであろうことまでは予想できたものの、途中で巧みに視点をスイッチする仕掛けがなされており(「盗聴」というキーワードは撒かれていたのに……)、結局最後まで誰だと断定することは出来なかった。

そっちよりも驚かされたのが、「『松浦が女性である』ということを、読者とこの視点の主しか知らないこと」だ。

この仕掛けはかなり面白かった。そもそも登場人物欄にはすでに「松浦千鶴」という女性の名前で書いてある。ここからもう叙述トリックは始まっていたのかと。松浦が一人称を「ボク」と言っていたのも、いわゆる「ボクっ子」かと思い込んでいた。「ボク」がカタカナなのもそういう意味かとミスリードされてしまった(実際は思い切り「強調」だった)。

結果、その事実を知っていることが真犯人の証拠となった……いやお見事としか言いようがない。

そもそもミステリ界において「叙述トリック」は「邪道」「ずるい」と見る向きもあり、レビューも結構賛否分かれていた。

「楽しければいいじゃん」と思う。

メニュー

閉じる