日々是暇

丸くなったと言われたい

先日の石老山帰りの温泉で。後輩だったミホさんに、

「オガさんは接しやすくて良かったです」

と言ってもらえて。

それはとってもとっても嬉しかったのですが。僕が裏で憧れているのは「丸くなった」と言われる人だったりする。

昔はきっと尖っていた人が、色々あって落ち着いてきた……そういう過程を経た人には、何かしらの強い芯のようなものを感じるのです。もしくは芯の名残のようなもの。

尖っていないどころか、生まれてこの方カドすら立てられなかった人間には無い奥深さ。

そもそも末っ子の事なかれ主義で、そこまでポリシーを持つ方でもなかったので。少しでも「カド」というものを隠そうとしてきたキライがあって。その実、裏で悶々と考えてしまうものだから我ながらたちが悪いと思う。

そういうわけで、ミホさんに「丸くなった」と言われている同期のコンサートマスターが羨ましい。というか、丸くなったもなにも、あれはそもそも雲みたいな人間じゃないか。

それが羨しかろうが、三十一歳からカドを持ち始めるのは遅すぎるんですよね。側から見たら、なんかこじらせちゃったおじさんというか。
やっぱり、カドは十~二十代に立てておきたい。「丸くなったね」と言われて「いや〜、若かったからね笑」と頭かきながら照れ笑いしたい。

でも、例えば、次の登山から同行者に猛烈に厳しくなって。「遅いぞ!」とかヒステリックに注意喚起を促して。で、その次の登山からまた優しくなれば、もしかしたら。

マサくん「そもそも周りから『丸くなった』って言ってくれる人が消えるよね」

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